月組『グレート・ギャツビー 』新人公演をみた

”彼は文字どおり光り輝いていたのだ。歓喜の言葉も身振りもなかったものの、新たに生じた幸福感が彼の身中から光線となって発し、その狭い部屋にまばゆく充満していた。"
グレート・ギャツビー』スコット・フィッツ・ジェラルド / 村上春樹 訳 / 中央公論社より

彩海さんギャツビーが冒頭で「デイジー」を歌い始めたときの、
「君はバラより美しい」という台詞を二度紡ぐときの、
いとしさが瞳から、全身から溢れ出すようなみずみずしいきらめきがほんとうに美しくて、
あぁ、わたしは今日この光線を浴びに来たのだな、と思った。
 
本当に素晴らしい新人公演でした。

デイジーに向けるまなざしのゆたかさが印象深い一方で、
アイス・キャッスルの場面はかなりいきいきして見えて、
裏街道に身を落としたことにそこまでの躊躇いはなくとも
そこで味わった苦渋があったことをたしかに感じられる凄みもあって、
10cm近く身長差のありそうな大楠くんマイヤー、一星くんビロクシーに囲まれてもなお圧倒的に存在感があって驚いた。
 

個人的には入江の場面がとくに心に残りました。

朝日が登る前にを銀橋で力強く歌い終わったあとに、
「ジェイ!」ときれいな声で呼びながら上手から飛び出てくるデイジーを見て
表情が甘く移り変わり、瞳にやわらかい光が灯る過程がすごくすごく鮮やかだった。

デイジーのソロを聴きながら浮かべる、いとおしさを噛み締めるような苦しい微笑みがたまらなかった。
その後のふたりの甘い歌声の重なりもすばらしかった。
キスの後、顔を離した直後の表情がよく見える位置だったので、欲情を感じる名残惜しげなジェイのかおは初めて出会う彩海さんのかおだった…。


最後まで観て、どんなに偽りに塗れても汚れても、けして自分も他人も卑下しないギャツビーのまぶしさに、
きっと誰よりも自分自身がプレッシャーをかけて、まっすぐに一度きりのギャツビーを演じた彩海さんの強さを重ねて見てしまい
腹の底から感動しました。



以下、まとまらない感想の箇条書き。
 
幕が開いてしばらくは緊張で手が震えてまともにオペラグラスが覗けなかったことに自分でびっくり。
 
・瑠皇さん、るおりあくんのニック。
さわやかに明るくておおらかで、分け隔てなく人に優しそうなところがすてきだった。電話でジョーダンに言う「聞いてるよ」が優しくてツボでした。

・羽龍さん、おはねちゃんのデイジー
なによりもまず声がデイジー!小説だと、容姿よりも声について丁寧に描写されている印象が強いのだけど(不死の歌、とか)まさにケンタッキーとテネシーの男たちをすべて虜にするような、魅力的な声。

・七城さんトム。本公演鳳月さんのバランス感覚が素晴らしいのでかなり難しい役なのではと思うけれども、堂々としていて、ちょうどよい浅薄さ、勝者の香りが漂っていてよかった。
 
・白河さんマートル。
パンチの効いた歌声に対して、仕草がどこか幼げというアンバランスさに耳も目も吸い寄せられた。
 
・書ききれないくらい、他の出演者のみなさんも素敵だった。それぞれ個性的でもあるし、真ん中への集中力もまとまりもあって、本公演を観たのと変わらない満足感がありました。
 
アウトローブルースで彩海さんが急にギアを上げたように感じて楽しくなった、というか彩海さん自身がとっても楽しそうにみえた。
帽子を投げて髪がちょっと乱れてたのがかわいい…
フィラデルフィアからのお電話から戻ってきたあときれいになっててかわいい…
(が、せめて舞台写真はフォトショして差し上げたいです…)

・彩海さん、目のハイライトのオンオフが自由自在すぎる…!
と何度も思ったのだけど具体的にどこだったかな…覚えておきたいと思ったのに。
 
本公演月城さんギャツビーのピンクのスーツを初めて観たときから、これは…!とこっそり心配していましたが
めちゃくちゃ似合っていて(贔屓目)、応援の気持ちを込めて、慣れないピンクのワンピースで観劇に臨んだことを恥じました。
 
・ゴルフの場面でキャディさんと話し合う姿がかっこよかったし、バーディをキメて無邪気にニックと笑い合う青年らしい笑顔か清らかで、泣いた。
逃げ出すデイジーを追いかける走り方が格好良く、かつて軍隊で活躍した面影を幻視した。

・「向こう岸から見ているよ」「ここからは一人で行けるね」
このシーン、観劇した席がかなり上手で、デイジーに向かい合う表情がほぼ見えなかったのが残念でしたが、
背中を見つめながら、デイジーの心に染み込ませるようなやさしい、けれどきっぱりとした声色に耳をすませた。
この後歌う「デイジー」もすごくよかったなあ。
 
・銃弾に倒れたギャツビーが、死に顔をデイジーのいる向こう岸ではなくこちら側に向けたこと、
演じ手か演出家が意図したのか否かわからないけれど私はとてもはっとした。
(新公前にみた本公演では、月城さんは一度もこちらを向いてなかったので…)
宝塚版のグレート・ギャツビーは、自分探しの物語だという理解をしているのだけど
偽りまみれのギャツビーが、デイジーへの愛の中にこそ、ほんとうの自分を見つけることができたのだ、もう向こう岸を見守り続けている必要はなくなったのだ、と思った。
(そして向こう岸にもうデイジーはいないのだ…)
 
・新人公演担当の田渕先生。
ルイヴィル~馬鹿な女の子になってやるわ、ジークフェルドフォリーズ、神はみているの場面などがばっさりカットだったのは原作の抑揚に近い印象で個人的に好みだった。
が!ニックがギャツビーの最後の偽りに気づいて
「どんな過去を持っていようと、君は彼奴よりよっぽど価値のある人間だよ」
「有難う。おやすみ。僕は海を見に行く」
とやりとりする場面を失くした理由だけは教えてほしいです…。なぜなの…。
この作品のタイトルの意味…
 
・終演後挨拶。
彩海さんは、ネガティブなことを絶対言わないだろうなと予想していたのですが、
それどころか最初の言葉がまず公演の開幕に尽力いただいた方々への感謝だったことに信頼を深めた。
それ以降の言葉の選び方も、カーテンコールで声を震わせながらも、しっかり言葉を紡ぎ切ったことも、本当に立派でした。
指揮の塩田先生も手を挙げて拍手をしているのが見えて、あたたかくて泣きました。
終演後、退場を待っていた時に幕内から聞こえた拍手の音にもぐっときました。


目撃できたことが嬉しい、と心から思える新人公演でした。
 
 
そして本公演も(何度も)観劇できたのですが、言わずもがな素晴らしかったです…!
志は高貴、行動は喜劇的、結末は悲劇的、とギャツビーについて村上春樹が『ザ・スコット・フィッツ・ジェラルド・ブック』で述べていたのがすごくしっくりくる月城さんのギャツビーの深みからまだ抜け出せていません…
 
千秋楽で月城さんが引用していた、
"明日はもっと速く走ろう。両腕をもっと先まで差し出そう。……そうすればある晴れた朝にーだからこそ我々は、前へ前へと進み続けるのだ。流れに立ち向かうボートのように、絶え間なく過去へと押し戻されながらも。"
の一節を何度も噛み締めたくなるような、日々進化する舞台に、振り返っても心が震ええます。
 
これからの月組にも楽しみしかない!