星影の人

念願の!博多座に!行ってまいりました。

「星影の人」は、彩吹さんに恋していたころ
友達に水さん全国ツアー版を録画してもらい、
台詞を覚えるほどに繰り返し観ていた大すきな作品で
このたび生で、しかも早霧さんで観ることができて、感無量です。。

ようやく降り立った博多なのに
もろもろの都合で一度しか観れなかったのは無念でしたが
物語の端々が、舞台の上の人々の命が、死の淵を生きる早霧さんが、美しくて美しくて、、
それだけで涙が出た。

早霧沖田さんは聡明でエゴイスティックで、それゆえに強くて脆くて
見つめていると苦しくなってしまうような人でした。

映像をみていた限りでは、土方さんの言だという「明るさで寂しさをごまかしている」がぴんとなくて。
舞台をみて感じたのは、ごまかしていたのは寂しさだけじゃなくて、
怒りとか迷いとか、そういう湿度のある人間的な感情いろいろだったのではないかということ。
ときめいたり、いらいらしたり、そういう風に、玉勇さんをめぐって感情が激しく動くことを、
「素直になれる」と言っていたのかなあ。

聞き間違いかもしれないけど、水さんのときは「心の闇」と歌っていたところが
「心の陰」になってたような…それがすごく個人的に納得だった。
(ここについてはあとでちゃんと言葉にすること!)
きっと他人の心の陰にも敏感に気づくような人なのに、
それでもけして汚れない白さ、清さを、周りの大人たちは愛でていたんじゃないかと感じた。
(そしてこれは早霧さん自身に対してわたしが眩しく感じていることでもある)

玉勇さんをめぐって感情が激しく動くこと、を一番感じたのは嵐山の紅葉の中の玉勇との場面。
新撰組を辞めて、逃げて、という玉勇さんに対して、
水さんはその懸命さに優しくて、自分の選ぶ道をすでに見据えてるようだったのに、
早霧さんは"困ったなあ"と言いながら、ちょっといらいらしてる風にみえた。

そのいらいらの原因は、玉勇さんの想いと、剣に生きる道との優先度を図りかねていたことで、
でもその問答によって、天秤にかけられないことを悟ったというか。
たしかに沖田さんの生き甲斐は物語の始めから終わりまで「剣」だったのだけれど、
たとえ残りの時間が短くても、すきな人に辞めてと言われても、それが変えられないことを
土方さんに宣言したときよりもくっきりと自覚した顔にだんだんなっていくの。

剣に生きることを沖田さんが再確認してしまうのは、
玉勇さんにとっては、絶望的なことだ…
とあらためて思ったら、苦しくてしょうがなくなった。
"わたしと一緒に生きて下さい"と優しげにいう言葉の残酷さ。

玉勇さん。
染香姉さんへの頼りっぷりに(そして、早花染香さんの当然のような頼もしさに)
一流の芸者でありながら、本当は引っ込み思案な人なんだろうとすごく思った。
そういう人が通りすがりの男のひとに傘を貸したり、ましてや自分から逢引に誘うなんて、どれほどのことだったのか、
対して、
紅葉の中でのやり取りにみえる激しさ、
咳き込む沖田さんを身を挺して気遣う強さ、
すきな人よりも先に死ねてよかったと笑う狂気に
ひとりの人間としての奥行きと一貫性とがあって、
脚本の力にも、役者咲妃みゆの力にも圧倒された。

それにしても、玉勇さんとの出会いを「足がすくみました、自分より数段上の剣客と向き合ったときのように」とか、
すきな人の仕事ぶりを「あれは剣と同じ呼吸だ。」とか例えちゃう沖田さんは、
救いようがないくらい仕事脳なお人だ。
そんな人を愛してしまった玉勇さんのさらなる救えなさといったら、、
沖田さんの病を知った直後の放心の表情が痛ましかった。
"雲が綺麗だ"が切なくてしょうがないよ。
沈む太陽の光を映す雲の美しさは、一瞬でうつろうものだから。
それに同じものを見ていても、考えていることが全然違っているのだと思うと。


新撰組隊士であるがゆえの人殺し、という稼業についても、
その闇を認識したのは山南さんとの最期のやりとりだったのではないかな…今の感想としては。
ただ、1度きりの観劇では、殺陣のすごさに圧倒されて、
その時々の沖田さんの表情まで覚えていられなかった。
それはそれは美しい立ち回りでした…なんで瞼に焼き付いてないんだろう。
どういう風に考えて演じていたのか、聞いてみたい。。



その他思ったこと。
・女の魔性を含めて愛している土方さんの男の大きさと可愛さにうっとりする。
・「淡白な少年だった」という土方さん談。剣のこと以外に執着のない沖田さんが初めて心の湿度を高めたのが、玉勇さんへの恋なんだろうな。
・にこにこお茶を淹れる沖田さんがかわいすぎた。
・幾松うきちゃんのお芝居、彩風桂さんへの執着と桂さんに惚れられる女ぶりとが感じられてすごくよかった。沖田さんへの「おおきに」もすき。
・早苗あゆみさんの袴姿の凛々しさと、振袖を着て"琴を聞きに立ち寄って"と言う健気さの間にも、玉勇さんと同じく矛盾がなくてよかった。
・寿命を知った沖田さんに、"お大事に"と言う良玄先生と、"大切に生きて下さい"と言う早苗さんは似たもの親子。医者のことばとしての含みを思い出すたびにいろいろと感じる言葉。
・真心の歌でみえる玉勇さんの思いの熱量と、"自分の寿命を知りたい"と言う沖田さんの静かさの対比よ。
・"2年か、忙しいな"の後の幻想のような場面の扇形のフレームの中の世界が扇絵みたいで美しかった。このあいだ根津美術館で見た尾形光琳の扇絵みたいに、少ない要素に濃密な物語がこめられているのがすごい。
・自ら死を選ぶ山南さんに対して、思いがけず死を目前にしている沖田さんは何を思ったのだろう。土方さんに介錯を命じられた時の絶望の表情。ふたつのカップルにはいろいろな対比が感じられて、物語を辿る度にはっとする。
・山南さん切腹前の佐藤くん井上先生のやりとりの効果。時の流れの生む、人々の気持ちの変化と成長、それゆえの無情と希望とをさらりと感じさせる。その後の戦闘場面の"佐藤!""永倉さん!"も泣けちゃう。
・どの立ち回りも素晴しかったけど、沖田さん桂さんの最後のそれは本当にすごかった。型通りにやっているかんじが全然なくて、気迫と気迫がぶつかっていた。息を止めて見てしまった。
・どんなに髪を振り乱しても、汗と涙でぐちゃぐちゃでも、生きて生きて生きる早霧沖田さんは美しかった。怖いくらいに。


いつもは演じ手よりの感想を書きたくなるだけど、
今回のは台詞と演出と演技とが一体となって物語を感じている、から、
感じた密度はすごいのに、言葉が紡ぎにくくて困る。

1度の観劇じゃ観きれなかったけど、
ひとりひとりの力で、舞台の隅々まで物語が生きていたのがすごく伝わった。
それを感じられただけでも幸せ。




以下、すこし下品な話。





水さんと早霧さんに感じた一番の違いは、男としての完成度、だと感じた。
みゆ玉勇さんはやさしくやさしく沖田さんの少年を剥がしてあげたんだろうなあ。
だってその踊りの最中にどんどん沖田さんが男の顔つきになっていくんですもの。
びっくりしちゃったよ。
玉勇さんの手を掴んで引き寄せる力強さと、背中を抱く手の初々しさに、ぞくぞくした。

ふたりで踊る部分の星影の人の歌詞が
"素足に塗り下駄"、"襟の白さ"、から
"息づかい"、"髪の香り"、に続くのも、ね。
ほんのりと段階が進んでいて、うまいなああ、としきりに思う。